布引観音・釈尊寺

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布引観音・釈尊寺

 天台宗、布引山。通称、布引観音。開創、元亀元年(724)。天平20年(748)聖武天皇の勅願で行基菩薩が一宇を建立し、聖徳太子作の聖観世音菩薩像を安置したのに始まると伝えられている。信濃三十三観音霊場第二十六番札所。創建年代は、神亀元年(724年)に行基によって開かれたと伝えられていますが、それを裏付けるものは特に無い為、正確なところは不明です。
布引観音
 近世以降の記録では、天文17年(1548年)武田信玄が楽厳寺入道・布下仁兵衛を攻略した際に一旦焼失し、その後、弘治2年(1556年)に望月城主であった滋野左衛門佐が再建するも、享保8年(1723年)に再び焼失したようで、現存する伽藍の大半は小諸城主牧野周防守康明によって再建されたものとのことです。

 布引観音は布引山中にあります。山道の参道を登る途中には滝や牛馬の形をした岩、木彫り仏像など、多くの見所がありますので、焦らず、ゆっくりと上ってきて下さい。寺務所から観音堂へ向かう途中には、岸壁をくり抜いた洞窟を抜けます。洞窟を抜けたところで、目の前に真っ赤な色鮮やかな観音堂が見えて来ます。布引観音の伝説の元となっている観音様はこの観音堂の中に安置されています。

 その昔、不信心な老婆が千曲 川に織布を晒していたところ。牛が現れ、その布を角に引っ かけ走り去りました。強欲な老婆はその牛を追い、気付けば善光寺にたどり着いていた。そこで姿を消した牛の代わりに お堂に現れた観音様が不信心を諭し、それ以後、老婆は改心 し、情け深い人間として過ごしたといいます。

 その観音様が、この布引観音なのです!
布引観音
 ところで布引観音は布引山中にあります。参道はけわしい山道ですが、参道を登る途中には滝や牛馬の形をした岩、木彫り仏像など、多くの見所があります。10分ほど上ると仁王門が見えて来ます。この門の上にそびえたつ崖に観音堂があり、京都清水寺にも喩えられます。参道を更に数分登ると寺務所へ出ます。寺務所から岸壁をくり抜いた洞窟を抜けると観音堂。布引観音の伝説の観音様が安置されています。さらに観音堂の奥には、山頂へと続く登山道になります。
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